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    <title>フォーラム2513</title>
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    <updated>2010-07-06T00:22:22Z</updated>
    
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    <title>生存権裁判福岡高裁判決を観て読んで  </title>
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    <published>2010-07-04T01:26:57Z</published>
    <updated>2010-07-06T00:22:22Z</updated>

    <summary>　梅雨のせいか、最近心身ともにとてもだるく、もともと疲れやすい体質なのに更に疲れ...</summary>
    <author>
        <name>筆者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="background-color: transparent; font-style: normal; white-space: pre-wrap; color: rgb(0,0,0); vertical-align: baseline; font-weight: normal; text-decoration: none" id="internal-source-marker_0.6834122010041028">　梅雨のせいか、最近心身ともにとてもだるく、もともと疲れやすい体質なのに更に疲れて何もしたくない状態が続いています。</span></span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　北陸の梅雨は湿度が非常に高く、更に私の住んでいるアパート内は外より湿度が高く（湿度計は置いていませんが、ムワーッとします）、除湿機が欠かせません。その他にも色々なことを思い悩み、ああ、私ももう駄目か、毎日生きていくのに疲れた、もう嫌だと思いながらテレビをつけると、NHKの夜７時の全国ニュースで、生存権裁判福岡高裁判決の映像が流れていました。「勝訴」の文字が目に入り、びっくりしました。そして、「やっと勝った・・・」と涙が出てきました。報告集会で、高木弁護士が「我々は、勝ったんです！」と発言されていた映像は、未だに頭から消えません。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　ということで、今回は生存権裁判福岡高裁判決（以下、「福岡高裁判決」という）を取り上げたいと思います。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　福岡県北九州市に住む、生活保護の老齢加算対象者だった原告３９名が北九州市を相手に、老齢加算廃止取り消しを訴えていたもので、一審では敗訴しています。その控訴審が福岡高裁であり、原告側勝訴判決が出されました。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　判決文によりますと、ニュースで言っていたように、老齢加算廃止は憲法２５条に反するかどうかという「憲法判断」は避けています。しかし、生活保護法に反するかどうかでは「違法」と判断されました。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　違法に該当する条項は、生活保護法第５６条「不利益変更の禁止」です。これは、正当な理由なく、生活保護の実施機関（福岡高裁の場合は北九州市）は、生活保護を利用している者が不利益をこうむるような変更をしてはいけないという条文です。福岡高裁判決の場合、厚生労働大臣の裁量によって老齢加算は廃止され、それを受けて北九州市は保護の変更を行ったため、老齢加算対象の生活保護利用者は不利益を被ったと裁判所は判断したのです。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　このことを前提に、福岡高裁判決ではどの行為を指して「不利益」としているのかを数点述べています。ごく簡単にまとめると、</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　①老齢加算見直しを検討する前から、国は「廃止ありき」で議論を進めていた</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　②老齢加算を廃止するなら「生活が激変しないよう何らかの緩和措置をとるように」と、「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」（以下、「委員会」という）で報告された４日後に厚生労働大臣は廃止を決めた</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　というものです。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　①に関しては、老齢・母子加算の見直しを議論した委員会が開かれる以前に、いわゆる「骨太方針２００３」で老齢・母子加算の見直しが決定されていました。ここでいう「見直し」とは「廃止」の意味であり、「骨太方針２００３」をまとめる段階で、すでに財政制度等審議会などで老齢・母子加算を「廃止してもよいのではないか」と議論していたのです。つまり、国は廃止の方向で決定しておきながら、その根拠づくりとして、委員会で最初に老齢・母子加算見直しを議論させたのです。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　②に関しては、委員会で老齢加算見直しの議論が行われましたが、委員による結論は出ませんでした。ところが、事務局（厚生労働省）は「中間とりまとめ」案を提出、一部の委員の意見と資料を「つまみ食い」して、一方的に老齢加算廃止を打ち出しました。それに対して、「廃止という結論は出ていない」「廃止するなら生活が激変しないように何等かの緩和措置をとるように」など委員から意見が出、事務局は「中間とりまとめ」で「緩和措置をとる」ことを盛り込みましたが、段階的に削減するのみで、３年後には老齢加算を全廃しました。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　このような経緯によって老齢加算を廃止したことが「社会的常識から逸脱している」「厚生労働大臣の裁量権の逸脱または乱用に当たる」として、老齢加算対象者だった生活保護利用者に対して不利益となる変更を行ったと裁判所は判断したのです。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　福岡高裁判決の大きな意義として、生活保護基準に関して違法だと判断されたものとしては、１９６０年の朝日訴訟東京地裁判決以来、２度目の判決になることです。もうひとつ大きな意義は、これまでの構造改革路線のあり方を裁判所が批判していることです。毎年社会保障予算を２２００億円ずつ削減していく、その方法があまりにも強引なのです。裏を返せば、そうでもしなければ社会保障予算というものは削減することが難しい予算でもあることを示しているのです。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　その後、生活保護基準に関して裁量権のない首相が「老齢加算は復活させない」と発言し、北九州市が上告しました。私はここで疑問を抱きました。生活保護基準に関して裁量権のない者が、なぜ安易に生活保護基準に関して発言できるのかということです。そもそも、厚生労働大臣が裁量権を持つことが妥当なのかという問題もありますが、この老齢加算廃止問題は、生活保護を利用している人だけの問題ではないのです。７０歳以上高齢者の貧困基準を左右する問題であり、国が７０歳以上高齢者の生存権をどう保障するのかという問題なのです。何の根拠もなしに「復活させない」と発言できる背景はこれから分析が必要ですが、国民が生活保護基準＝貧困基準の設定に関与できない仕組みがあり、それゆえこの基準の意味が国民に知らされていないということも要因にあるのかと思います。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　いろいろ書きましたが、最後に、今回の福岡高裁判決は、原告や弁護団の弁護士をはじめ、多くの方の大変な努力のうえに出されたものです。生存権裁判東京高裁に証人として出廷した者として、改めて自分たちの権利を守ることは困難なことであり、しかし、権利として明文化されているからこそ、法廷で争うことができるのだと、実感しました。</span></span></p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><br />&nbsp;<br />　　　　　　　　　　　　　　　金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子<br /></span></span></p>]]>
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    <title>ナショナル・ミニマムと地方自治</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://whats-social-security.com/forum/2010/06/post-40.html" />
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    <published>2010-06-02T00:36:45Z</published>
    <updated>2010-06-02T00:47:21Z</updated>

    <summary>　もうすぐ６月だというのに寒い日が続いています。...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
    </author>
    
        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://whats-social-security.com/forum/">
        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　もうすぐ６月だというのに寒い日が続いています。</span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><font face="ＭＳ ゴシック">&nbsp; ガソリンスタンドで灯油を買い足している人を見ると、他の方も同じように寒いと感じているんだなと思いました。私の部屋にある石油ファンヒーターは灯油切れのまま置いてあります。まだまだ寒い日が続くのなら灯油を少し買い足そうかと考えたりもしたのですが、これから暑くなることを思うと、「買い足すのもなあ・・・」と躊躇し、エアコンをつけたり厚着をして我慢しています。</font></span></p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　最近、物事を大局的に見ることができていないなあと思いつつ、地方自治と社会保障の関係についての学習会に参加しました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　今、「地方分権」が盛んに言われています。私が中学校ぐらいの時は「３割自治」という言葉を習ったほど、日本では地方自治がなおざりにされてきました。そこで、今「地方分権」が盛んに言われています。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　戦前は中央集権政治体制で、地方自治というものがありませんでした。自分たちの住む地域の生活をそこに住む住民自身が築くことはできませんでした。国民はみんな「臣民」であり、主権者ではなかったのです。「地方自治」が盛り込まれたのは戦後日本国憲法が制定されてからです。「地方自治」を盛り込んだのは、今考えると、国民が主人公であり、その主人公による民主主義を築く出発点は、自分たちが住む地域だからなのでしょう。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　しかし、戦後の日本政府は、中央集権型の開発国家を目指し、地方自治を築こうとはしませんでした。１９７０年代、革新自治体が誕生し、地方独自の施策が国の施策に取り入れられるなど、地方自治が芽生えつつあった時期もあったのですが、それも長続きしませんでした。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　このように歴史をみると、今「地方分権」が言われるのは、必然的なものでもあるとのことです。なんで今「地方分権」なんだろうと思いながら話を聞いて、なるほどなあと思いました。しかし、今の「地方分権」構想は本当に地域住民の生活を保障するものになるのかといえば、それは別問題とのことです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　社会保障・社会福祉の分野でいえば、保育所が今問題になっています。昨今の不況下、働くために保育所に子どもを預けようと思っても、都市部では保育所の数が足りず、厚生労働省は、４月から一定の条件を満たせば認可保育所の定員超過制限を撤廃できる通知を自治体に出しました。一見すると、各自治体の実情に合わせた保育所運営ができるのだからよいのではないかと思いますが、子どもの発達を保障する基準というものがこれからは自治体ごとに違うものになっていくことでしょう。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　１９７０年代は地方自治が芽生えつつあったと書きましたが、このときは、国の基準以上の施策を地方独自で行ってきました。老人医療無料化がその典型例です。今の「地方分権」は、「財源なき権限移譲」と言われるように、権限は自治体に移りますが、予算がそれに伴いません。すると、自治体によって予算配分が違うものになってしまうかもしれないのです。悪い方向に向かうと、結果的には国の基準以下になることを国が容認することになり、ナショナル・ミニマム（国民最低限）の崩壊となってしまうことが考えられます。自治体に権限が移れば、住民が予算配分にかかわることができるのではないかと思われますが、自治体の規模がより広域になることが考えられており、住民による「自治」とは程遠いものになるとのことです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　本来の地方自治を目指すのならば、まずはナショナル・ミニマムを確立・維持していくことがその基盤となるとのことでしたが、その通りだなと思いました。保育所問題に関しては、一つの保育所の定員数を増やすのではなく、保育所の数そのものを増やすことが必要だと思いました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　生活保護に関しては現状通り１００分の７５を国が負担し、国の負担金が自治体の一般財源に組み込まれることは考えられていないとのことです。しかし、大都市などでは、この不況で生活保護を利用する人が増え、生活保護費の１００分の２５を自治体が負担しなければならないことから、自治体の財政を圧迫しているとのことで「５年間の有期保護」を訴えている自治体もあります。資本主義経済がどういうものかを考えれば、「有期保護」自体があり得ないものなのですが、このようなことを訴えるほど財政を圧迫しているのも事実です。もともと生活保護にかかる費用を１００％国庫負担としなかったのには、地方自治体負担分を残すことで生活保護の利用を抑制するという意図がありました。日本に住むすべての人に「健康で文化的な」最低限度の生活を保障するという憲法２５条の主旨と矛盾するものです。生活保護の費用に関しては、本来の地方自治にのっとった財政運営が行われたとしても１００％国が負担すべきだという意見がありましたが、私もその意見に同感しました。先ほども書きましたが、生活保障の基盤がしっかり保障されてこそ、自治体の裁量というものは本当の意味での「地方自治」の目的を果たすのだと思うのです。</span></span></div><div style="text-align: right; margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">&nbsp;</span></span></div>]]>
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    <title>ナショナル・ミニマムと生活保護</title>
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    <published>2010-05-10T04:31:03Z</published>
    <updated>2010-05-10T04:34:12Z</updated>

    <summary>　ファンヒーターが手離せなかった寒い４月から、夏の一歩手前のような５月に入りまし...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
    </author>
    
        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://whats-social-security.com/forum/">
        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　ファンヒーターが手離せなかった寒い４月から、夏の一歩手前のような５月に入りました。</span></span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　学校の授業もすでに始まり、学生の質問を見るたびに、限られた時間の中でどのように説明したら少しでも理解してもらえるのか、いつも考えてしまいます。</span></span></p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　その中の一つに、「ナショナル・ミニマム」という言葉があります。日本では「国民的最低限」と訳されます。国家がその国に住む人々の生活に対し、これだけは最低限保障する、という意味です。日本ではその一例として憲法第２５条が挙げられます。具体的には、生活を保障するそれぞれの政策一つ一つを見ていかなければなりません。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　この「ナショナル・ミニマム」ですが、その歴史をひも解くと、歴史的には浅いものですが、非常に深い意味を持つものであることが分かります。今回は、イギリスの「ナショナル・ミニマム」の歴史に、ごく簡単に触れたいと思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　世界で初めて資本主義国となったイギリスは、１９世紀後半、工場法（労働時間を規制した法律）など労働者を保護する法律を有する先進国でもありましたが、賃金の規制、つまり最低賃金の保障については遅れていました</span></span><a title="" href="#_edn1" name="_ednref1"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><a title="" href="#_edn1" name="_ednref1">[１]</a>。当時のイギリスは、大工業が小工業や家内工業を淘汰し、大量の不熟練労働者を生み出した時代であり、請負制度のもとで、労働者の熟練性の不要、組合などが無いことなどを利用して</span></span><a title="" href="#_edn2" name="_ednref2"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><a title="" href="#_edn2" name="_ednref2">[２]</a>、労働者を不当に安い賃金で長時間働かせる「苦汗労働」が広がっていました。「苦汗」とは、請負人を、労働者の脂と血を絞って得た収益を絞り取る者＝sweaterと呼んだことから生まれた言葉です。この「苦汗労働」を支えた労働者は、男子不熟練労働者の妻や娘でした。不熟練労働者は熟練労働者と違い、不完全就業者であり、不熟練労働者同士仕事を分け合っているような状態でした。そのため、苦汗労働者の多くは、請負人の言い値で仕事をするしかなく、不熟練労働者である夫や父親の賃金を補助し、不熟練労働者世帯の生活を支えていました。苦汗労働の職種は、既製服、鎖、紙箱、容器、砂糖菓子製造、刺繍業などでした。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　１８９０年、「上院苦汗制度調査特別委員会」の報告書が発表されると、婦人労働組合連盟は苦汗労働者の組織化を行おうとしましたが、苦汗労働者の無関心や仕事を失うという恐れなどから、思うように組織化できませんでした。「未組織なるがゆえに低賃金、低賃金なるがゆえに未組織」という悪循環を断ち切るためには、賃金の国家規制、賃金についての国民的最低限を設ける必要がありました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">そこで、反苦汗運動を展開していたフェビアン協会のシドニー・ウェッブとビクトリアス・ウェッブ＝ウェッブ夫妻は、生産力向上のための国民的最低限政策（ナショナル・ミニマム）構想に基づき、未組織労働者のために、最低週所得の国家規制を実施することを提唱しました。それは、最低週所得の国家規制は社会の底辺に置かれている人々に最も必要であり、どのような圧力がかかろうとも、如何なる部門の賃金労働者も最低週所得以下に押し下げられることがないようにすることが国民最低限政策において非常に重要だからでした。資本主義社会では、労働者は働いて賃金を得て生活することが前提となります。労働者にとって賃金は第一の生活防衛手段となります。ですので、最低賃金の規制がないと、いくらでも賃金を引き下げることができ、それがすべての賃金労働者にもおよび、働いても生活が営めなくなるのです。</span></span></div><div style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　そして１９０６年、同年結成された婦人一般労働組合の全国婦人労働者連合は、苦汗産業展覧会を開催し、苦汗労働の撲滅立法の必要性を訴え、ここを訪れた上流階級の人々に大きな関心を呼び起こしました。この展覧会は各地で催され、苦汗労働が社会問題として認識されるようになり、１９０９年、国会に「賃金委員会」が設置され、まず４つの苦汗産業に最低賃金法が適用されました</span></span><a title="" href="#_edn3" name="_ednref3"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">[３]</span></span></a><font size="3" face="ＭＳ ゴシック">。</font></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　このように、ナショナル・ミニマムの基礎となるのは最低賃金の確立であり、最低賃金の確立こそがナショナル・ミニマムの基礎になるのです。公的扶助（日本では生活保護にあたる）に関連しますと、働いて得られる賃金の最低限を基礎に、何らかの理由で働けない場合の最低生活保障としての公的扶助の基準が決まります。公的扶助の基準は最低賃金次第なのです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　今、日本では、最低賃金が問題となっています。働いても食べていけない、生活保護基準以下の賃金となっているのです。そして今年４月９日、生活保護基準未満の所得しか得ていない世帯のうち生活保護を利用している世帯は１５．３％にとどまることが、厚生労働省の推計で明らかになりました。生活保護基準未満の世帯の世帯構成員は様々だと思いますが、働くことのできる構成員のいる世帯の場合だと、低賃金の仕事にしか就けていない可能性が非常に高いと思われます。そして、生活保護基準は相当低所得の世帯をモデルとしています。低所得の世帯がモデルということは、賃金がそれだけ低いということです。賃金は低いが生活保護は利用できない、となると、より低賃金の仕事でも就かざるを得ない、すると賃金をモデルとした生活保護基準はさらに引き下げざるを得ない・・・。ウェッブ夫妻が唱えたナショナル・ミニマムとは逆方向の、負のスパイラルに向かってナショナル・ミニマムが決定されていると考えざるを得ないのです。日本の場合、生活保護が何らかの理由で利用できないことによって低賃金が温存され、それによって生活保護基準も抑えられているかのようです。本来の考えと実際が逆転しているのです。</span></span></div><div style="text-align: right; margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">&nbsp;</span></span></div><div><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><br clear="all" /></span></span><font size="+0"><hr width="33%" size="1" align="left" /></font><div id="edn1"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><a title="" href="#_ednref1" name="_edn1"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><a title="" href="#_ednref1" name="_edn1">[１]</a> ちなみに、世界で最初に最低賃金を確立した国はニュージーランドで、１８９４年です。</span></span></div></div><div id="edn2"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><a title="" href="#_ednref2" name="_edn2"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><a title="" href="#_ednref2" name="_edn2">[２]</a> イギリスでは、熟練労働者の労働組合は確立されていました。</span></span></div></div><div id="edn3"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><a title="" href="#_ednref3" name="_edn3"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><a title="" href="#_ednref3" name="_edn3">[３]</a> 小川喜一編『社会政策の歴史』有斐閣、１９７７年、ｐ７８－９３参照</span></span></div></div></div>]]>
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    <title>自立するってどういうこと？～生活保護における「自立」再考～</title>
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    <published>2010-03-23T04:05:14Z</published>
    <updated>2010-03-23T04:22:41Z</updated>

    <summary>　ここ金沢にも春一番のような生暖かい風が吹いたと思ったら、また雪が降ったりと、本...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
    </author>
    
        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic"><span style="mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　ここ金沢にも春一番のような生暖かい風が吹いたと思ったら、また雪が降ったりと、本当に春に向かっているのかと疑うような気候が続いています。</span></span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">　最近の私といえば、元々ストレスを上手く発散できるタイプでないうえに、一人暮らし歴が長いので（１０年以上続いています）、仕事から家に帰っても誰に声をかけられることなく、仕事のことを引きずったまま何もできずに一日が終わることがほとんどという生活を送っています。こんなときに親から電話がかかってきたときはとてもうれしく、自分はいつまでたっても子どもだと感じます。</span></span></p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">　さて、今月初め、金沢市の研究会で現役生活保護ケースワーカーの方の発表がありました。生活保護を利用されている方への自立支援の現状と、自分自身が考える「自立」のあり方を話されました。以前このブログで、西ドイツと日本の生活保護の考え方の違いを少し紹介しましたが、ここでは、もう少し的を小さくして、生活保護を利用して「自立」するとはどういうことなのか、少し考えていきたいと思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">　現行の生活保護法第１条には、生活保護の目的として「最低生活の保障」と「自立の助長」が掲げられています。後者の「自立の助長」に関しては、現行生活保護法への改正時に厚生省内でも非常に議論されました。これは有名な話ですので、少し長くなりますが紹介したいと思います。当時、厚生省社会局長だった木村忠二郎は「自立の助長」に関して、「進んでその者の自力更生をはかることにあることは、國の道義的責務よりしても当然のことであるが、改正法においては第一條にその趣旨を明言してこの種の制度に伴い勝ちの惰民養成を排除せんとするものである」（ママ）</span></span><a title="" href="#_edn1" name="_ednref1"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic"><a title="" href="#_edn1" name="_ednref1">[１]</a>と、生活保護制度は働かない者を作ってしまうので、そのようなことがないようにする＝自分で働くなどして何とか生活保護から脱却することが「自立の助長」だと解説できるようなことを述べています。これに対し、当時厚生省社会局保護課長だった小山進次郎は、「自立の助長」とは、その人のうちにある可能性を見出して引きのばし、その人らしく社会生活に適応させることであり、それが本当の意味での最低生活保障であるとし、木村の「自立の助長」論に対して、「自立の助長を目的に謳った趣旨は、そのような調子の低いものではないのである」</span></span><a title="" href="#_edn2" name="_ednref2"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic"><a title="" href="#_edn2" name="_ednref2">[２]</a>と反論しています。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">　　「自立の助長」に関しては、同じ省内でもこのように議論が分かれるほど捉え方が分かれるものだったのです。その後、生活保護行政の現場で「自立の助長」が実際にどのように運用されたのかは、その後の歴史をみると明らかです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">　そして、現在、生活保護行政では、「自立支援プログラム」を作成し、様々な世帯に応じた「自立支援」のあり方を模索しています。ワーカーの方はそれに対し、生活保護を利用してまずしなければならないことは、「生活再建」だと話しておられました。生活保護を利用して、働ける人にはまずハローワークに通ってもらい、仕事を見つけることが最優先になっているが、今の不況で仕事が見つからないのを承知でただハローワークに通ってもらうだけでよいのか、疑問を投げかけています。それは、越えられない高い壁を無理に越えさせることだ、日々の生活を少しずつ、階段状に整えていく＝「生活再建」ことをしなければ高い壁というものは越えられないと話しておられました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">例えば、長期間ホームレスの状態からアパート生活に至った方には、まずアパート生活に慣れてもらうこと、アパート生活になると今までのホームレス同士のつながりが途切れてしまい、孤独に陥りやすいので、仕事にすぐ就くことができなくとも何か社会との接点をもてる活動～ボランティア活動や人との交流の場を持つなど～から始め、その中で世の中とのつながりを実感し、自信を取り戻していくことが必要とのことでした。また、ひとり親家庭の場合、親が病気だったりするので、まず治療して生活に落ち着きを取り戻すこと、子どもが勉強についていけていない場合は子どもへの学習援助が必要とのことでした。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">私は「なるほど」と思いながら話を聞いていました。「自立」というと、生活保護から抜け出すこと＝経済的に自立することと捉えがちです。しかし、その前に「生活再建」がなければ経済的に自立を目指すことはとても難しく、「自立」を「経済的自立」と非常に狭く捉えてしまうと、その人にまず必要なものは何なのか、援助する側は見失ってしまうでしょう。援助される側も、自信を取り戻しながら、社会生活を送っていくことができるという確信を持てず、本来なら上ることのできる階段が上れなくなるのでしょう。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">最近の社会福祉のテキストは、援助が「自立支援」に置き換えられ、一人立ちすることが援助の目的のようになっている感がしますが、私はワーカーの方の話にあるように、社会の現状は簡単には変わらないけども、その中で人々がどうしたら主体的に自分たちの生活を形成していけるのかということが援助の最初になければならないと思います。自分がその援助を行えるのかと聞かれると、正直に言って不十分にもできないと思います。しかし、話を聞きながら考えてみることはとても大事なことだと思いました。「自立支援」と「生活再建」という言葉は、木村と小山の議論と重なって見えるのです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: right"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic">&nbsp;金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></span></div><div><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic"><br clear="all" /></span></span><font size="+0"><hr align="left" width="33%" size="1" /></font><div id="edn1"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><a title="" href="#_ednref1" name="_edn1"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic"><a title="" href="#_ednref1" name="_edn1">[１]</a> 木村忠二郎『改正　生活保護法の解説』時事通信社、１９５０年、菅沼隆監修『日本社会保障基本文献集　第Ⅱ期　被占領下の社会保障構想　第１３巻　改正　生活保護法の解説』収蔵、２００７年、ｐ４９</span></span></div></div><div id="edn2"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><a title="" href="#_ednref2" name="_edn2"></a><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS PGothic"><a title="" href="#_ednref2" name="_edn2">[２]</a> 小山進次郎『改訂増補生活保護法の解釈と運用（復刻版）』全国社会福祉協議会、２００４年、ｐ９２～９３</span></span></div></div></div><p>&nbsp;</p>]]>
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    <title>なぜ保険証の代わりとなる医療証がないのか―生活保護制度の医療扶助は今・・・③―</title>
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    <published>2010-03-03T08:33:07Z</published>
    <updated>2010-03-03T08:37:24Z</updated>

    <summary>　季節はとうとう春になろうとしています。ここ金沢では、春の山菜が並び始めました。...</summary>
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        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span style="font-size: 10.5pt; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　</span><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">季節はとうとう春になろうとしています。ここ金沢では、春の山菜が並び始めました。</span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp;</p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">　昨年<span style="font-emphasize: dot">ふきのとう狩りに連れて行ってもらって以来、ふきのとうが好きになり、先日、近江町市場の八百屋で、能登方面で採れたふきのとうを買いました。少し失敗しましたが、ふきのとう味噌を作りました。できたら天ぷらも作ってみたいと思っています。一人暮らしで、おまけに集団行動からはみ出ることが多いので（良い意味で言えばマイペース）、土曜日は時々一人で近江町市場に行っては買い物をしています。買い物は目移りして時間がかかるので苦手なのですが、スーパーと違い、個人商店での買い物（魚は魚屋で買うという買い物の仕方）ができるので、ちょっと楽しみです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">そして、春が近付いたということは、雪が降らなくなるということです。大阪生まれの大阪育ちですので、小さい時は雪の降るのがとても珍しく、嬉しいと思ったものですが、やはり、ものには限度があるということがよく分かりました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">さて、その大阪にある全大阪生活と健康を守る会から対市・対府交渉の議事録要旨をいただきました。以前、生活保護の医療扶助について２回ほど書きましたが、今回は、現行の医療扶助がどのような仕組みなのか、いただいた議事録要旨で問題としてとりあげられていることは何なのか、簡単に紹介したいと思います。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">　日本の医療保障は、「皆保険」制度といわれるように、誰もが何らかの健康保険に加入しなければなりません。しかし、生活保護を利用している方は、生活保護独自の「医療扶助」から診察や検査・投薬の現物給付を受けます。何らかの健康保険制度から外れることになりますので、保険証のようなものはなく、原則として、病院にかかる度に福祉事務所に「医療券」というものを発行してもらいに行かなければなりません。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">　また、どの医療機関を利用してもよいというわけではありません。急迫している場合を除き、生活保護法の指定を受けている医療機関の中から選択して受診しなければなりません。小山進次郎はこれを「制限的選択主義」</span><a title="" href="#_edn1" name="_ednref1"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_edn1" name="_ednref1"><span><span><span><span>[<span>１</span><span>]</span></span></span></span></span></a>と呼んでいます。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">　全大阪生活と健康を守る会が対市・対府交渉で問題としてとりあげたことは、健康保険証のような医療証制度を作って、福祉事務所に医療券を発行してもらわなくとも診察を受けられるようにできないのか、という点です。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">　この点は、以前からさまざまな立場の方の間で問題とされてきた点です。現在の生活保護法による医療扶助制度が検討されたのは、皆保険制度が創設される以前で、結核患者などの増加から医療費の増加が問題とされていた、１９５０年以前です。福祉事務所にて、どのような症状で、どこの医療機関に受診するのかを確認することで、適切に医療を受けられるようにし、法の目的を達成するために「医療券」の方法をとったとされますが、医療費の抑制に重きを置いていたことが窺えます。</span><a title="" href="#_edn2" name="_ednref2"><span style="font-size: 130%"><span><span><span><span>[<span>２</span><span>]</span></span></span></span></span></span></a></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">　医療券を福祉事務所に取りに行かなければなりませんので、具合が悪いからといってすぐに医療機関にかかることはできませんし、一般の方のように、保険証を見せるのとは違いますので、受診の際、他の患者からは「自分たちとは違う」という目で見られてしまいます。生活保護を利用することが権利として十分浸透していない日本においては、このことは非常にスティグマ（恥辱感）を感じることだと思います。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">　２０００年に施行された介護保険制度は、生活保護を利用している方で一号保険者（６５歳以上）の場合は、一般の方と同じ介護保険証が発行されます。自己負担割合や保険料の違いはありますが、保険者が同じ市町村と考えれば、介護保険と同じように国民健康保険に加入して国民健康保険証を発行できないのか、問われています。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">ただ、現行の医療扶助成立の議論を考えてみますと、介護保険制度は要介護度によって給付制限がありますので、保険証を発行しても簡単に介護費用の増加にはつながらないと判断されたのではないかと思います。また、介護保険は対象者が限られますが、医療保険となると対象者は赤ちゃんから高齢者まですべての方を対象としますので、簡単に国民健康保険に組み込むことはできないとされたのかもしれません。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: left">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: left"><span style="font-size: 130%">一番すっきりと解決するのは、医療保険を一つの保険制度にまとめ、その中に生活保護の利用者も組み込む、いや、いっそのこと医療保険制度をなくし、窓口での自己負担分支払いもなくし、医療費を無料とすることだろうなと思います。しかし、そのようなことはすぐに実現できるものではありませんので、全大阪生活と健康を守る会が主張するように、健康保険証のように常に携帯できる医療証を発行し、いつでも安心して医療機関にかかることができるようにすることが、現代の「健康で文化的な」最低限度の生活の保障ではないかと思います。現に大阪市は、休日や夜間、福祉事務所が開いていないときのために、「休日・夜間等診療依頼証」を発行しており、休日・夜間に限り、この依頼証を見せることで受診を可能にしているのです。この枠を広めることはできないものでしょうか。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: right"><span style="font-size: 130%">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></div><div style="text-align: left"><span style="font-size: 130%"><br clear="all" /></span></div><div><hr size="1" width="33%" align="left" /><div id="edn1"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><a title="" href="#_ednref1" name="_edn1"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_ednref1" name="_edn1"><span><span><span><span>[<span>１</span><span>]</span></span></span></span></span></a> <span>小山進次郎『改訂増補　生活保護法の解釈と運用（復刻版）』全国社会福祉協議会、２００４年、ｐ４５５</span></span></div></div><div id="edn2"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><a title="" href="#_ednref2" name="_edn2"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_ednref2" name="_edn2"><span><span><span><span>[<span>２</span><span>]</span></span></span></span></span></a> <span>前掲、ｐ５１９－５２２</span></span></div></div></div>]]>
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    <title>「新しいセーフティネット」と生活保護</title>
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    <published>2010-02-02T03:58:12Z</published>
    <updated>2010-02-02T04:00:40Z</updated>

    <summary>　あっという間に正月は過ぎ去り、２月になりました。先月は白山そばを食べに山に行き...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span style="font-size: 10.5pt; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　</span><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">あっという間に正月は過ぎ去り、２月になりました。先月は<span style="font-emphasize: dot">白山そば</span>を食べに山に行きました。</span></span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp;</p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　スキー場の近くにお蕎麦屋さんがたくさんあるのですが、スキー場近辺の雪が少ないことに驚き、山に雪がないのは寂しいと感じました（街に雪が降るのは困りますが）。でも、久しぶりの<span style="font-emphasize: dot">白山そばはおいしかったです。そして次の日、京都でお世話になった方々との金沢でのつかの間の再会に心が久しぶりに満たされました。今の私は（十数年前の大学時代も含め）京都抜きにはなかったのだとつくづく思いました。私は京都に育てられたのです。</span></span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">いつも休みの日はほとんどアパートに閉じこもっている私ですが（静かに過ごせますが、反面寂しさを感じます）、心を満たすものはおいしい食べ物と人のつながりなのだとしみじみ思いました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　さて、今年の正月過ぎに、「新しいセーフティネット」の制度支援ガイドブックを手に入れました。これは、仕事を失うと同時に生活の基盤となる住居も失うという事態が起こる中での対策でもあります。内容は、簡単に述べると、職と同時に住宅を失った人への住居の提供、家賃貸付・給付、入居資金貸付、生活資金の貸付・給付、就職活動費の貸付・給付を行うというものです。給付になるのか貸付になるのかは、その人の状況によって違います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　すでにあちこちでこの制度の批判が行われているのでご存知の方が多いと思いますが、一見すると確かに新しい制度なのですが、見方を変えると生活保護制度への移行防止策でもあるのです。生活保護制度を利用すると、住居の入居資金は支給され、生活費も支給されます。生活保護を利用しながら就職活動や職業訓練も受けられます。現存の制度がすでに確立されているのですから、わざわざ住宅や生活に関する新しい制度を作る必要があるのかとも思います。しかも期間が半年と決まっています。失業率が５％、有効求人倍率が０．５倍に満たないと公表されている今日、半年で仕事を探して自立することは果たして可能なのだろうか疑問に思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　そして、もう一度見方を変えると、住居は不安定な形態だが仕事があるとき（例えば社員寮に住みながら働いているなど）に既にこの制度があれば、仕事と同時に家を失う方は減らせたのではないかと思うのです。賃貸住宅に入居する場合、まとまったお金が必要です。しかし、お金の工面ができない場合、貸付を受けることで入居することが可能となります。住居を見つけることができない場合、住居の提供を行えば生活基盤を確保することができるのです。これらを合理的に進めることができる形態が公営住宅の増設だと思います。一定の広さを確保した公営住宅に入居できれば、以前報道されたような、一部屋に２段ベッドがいくつも置いてあって月額四万いくらも徴収するような貧困ビジネスが入り込むすきはできなかったと思われます。その上に、失業した場合や職業訓練を受けている間の生活費の給付が、雇用形態を問わずすべての働く者を対象とした制度として以前からあれば、住居から追い出されることなく安心して就職に向けての訓練・活動を行うことができます。これらを合理的に進めることができる制度は、失業保険（失業給付）だと思います。生活保護制度はよく「最後のセーフティネット」ともいわれますが、資産調査や親族の扶養調査などが行われ、「スティグマ（恥辱感）」を伴うのです。そういう意味では、働く者は働く者のための制度に包括されるほうがよいのです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　派遣労働者の仕事打ち切りが行われたので「新しいセーフティネット」のような制度を作ったのですが、私は、そのようなことが起こる以前から、内容の良し悪しは別として今回のような制度を確立、または従来の制度を改善して対応していれば、働く者の社会保障制度があまりにも乏しい日本においては、不十分であるとしても、いくらか効果はあったのではないかと思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　日本の社会保障制度は、家族（夫婦と子ども）の形成と終身雇用を前提とした制度設計になっています。また、住宅は公営住宅の建設ではなく持ち家政策をとってきました。未婚層が増加し、終身雇用制度が崩れた現在、既存の社会保障の制度設計では対応できないことは既に明らかになっています。「新しいセーフティネット」を一時的なものと位置づけるのなら、社会保障の制度設計の見直しが必要ですし、社会保障の制度設計の見直しを行わないのなら、「新しいセーフティネット」を恒常的な制度として位置づけ、内容も改善して給付を増やすなど、何らかの対策が必要でしょう。両方とも行わないのであれば、結局は生活保護制度を利用せざるを得ません。「新しいセーフティネット」は一体何だったのか、今後も問われることになるでしょう。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　今回の「新しいセーフティネット」は、大きな問題点を抱えてはいますが、これからの日本の社会保障制度に何が不可欠になってくるのかを内包するものでもあると思います。私は、生活基盤が非常に不安定な単身者の一人として、失業した場合にアパートの家賃と生活費の工面に直面しますので、今の制度のままでは不安を覚えます。皆さんはどのようにお考えでしょうか。</span></span></p><p style="text-align: right"><span style="font-size: 130%">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></p><p>&nbsp;</p>]]>
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    <title>介護保険と住宅保障と生活保護～高齢者の終の住みかの現状～</title>
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    <published>2009-12-28T06:33:44Z</published>
    <updated>2009-12-28T06:39:15Z</updated>

    <summary>　今年も残り少なくなりました。私にとっての今年は、あっという間に走りすぎた感じが...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
    </author>
    
        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://whats-social-security.com/forum/">
        <![CDATA[<p><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　今年も残り少なくなりました。私にとっての今年は、あっという間に走りすぎた感じがします。</span></span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp;　<span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">きっといろんな事があり過ぎたのでしょう。そして、とうとう金沢にも雪の季節がやってきました。今月中旬は去年と違い降雪量が多く、雪に慣れていない私は自動車も上手く動かせず、慣れない雪かきで腰も痛め、精神的にも本当にくたくたになりました。世界中の人々から反感を買うのを承知で、雪を見るのがいっぺんに嫌になった私は、心のどこかで地球温暖化を喜んでおります（ただし冬のみ歓迎）。</span></span></p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　今年１年は足早に過ぎて行ったため、さまざまな出来事を流し読みしていた感がありました（今年だけではありませんが）。振り返ってみると、研究者の発表や話を聞いているのになぜ気付かなかったのだろう、と思うことがありました。多くの方は気づいていると思いますが、自分自身の反省の意味を込めて、少し書いてみたいと思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　皆さん「たまゆら」事件を覚えていらっしゃるでしょうか。群馬県の高齢者居住施設「静養ホームたまゆら」が全焼し、多くの高齢者が亡くなった事件です。亡くなった方の中には生活保護を利用されている高齢者もおられました。また、群馬県の方が利用されていると思ったら、東京都の方も利用されていました。生活保護を利用しており、受け入れ先の見つからない高齢者が「静養ホームたまゆら」のようなところに入居していたことが明らかになりました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　その後、「たまゆら」事件と関連があるかは分かりませんが、一部の都道府県において、一部屋に複数の方が暮らす、以前多く見られた「多床型」の特別養護老人ホームの新設を認めていることが新聞報道などによって明らかになりました。特別養護老人ホームは、新設する際は「個室」または個室を基に数名が同じフロアで暮らす「ユニット型」しか認められなくなったのですが、以前の「多床型」を再び認めるようになった背景の一つには、それでは低所得の方の経済的負担が重く、入居できない実態があるからです。また、建設費用も多床型のほうが安くつくそうです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　特別養護老人ホームなどの入所を待機している方が４２万人もいることに加え、生活保護を利用している方の場合ですと、「多床型」と「個室」が併存する現在にあっては、「多床型」が最低限度となり、「個室」への入所は原則として認められません。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">これらの現状から、「たまゆら」事件の背景は、単に「貧困ビジネス」としての批判だけでは済まないものがあると思いました。それは、一つには、多くの方が指摘しているように、国の住宅政策の貧困があるからです。「健康で文化的な最低限度」の生活を営むのに必要な住宅の最低限が存在しない日本では、「個室」が一般的だという議論になっても、高齢者施設の最低基準としてそれが採用されない限り、「個室」はいつまでもぜいたくなものとなるでしょう。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">もうひとつは、介護保険制度自体の問題があるからです。日本の介護保険制度は、介護保険料負担とサービス利用料の一部自己負担を前提として運営されていますので、要介護度に加えて、所得の如何によってサービスを利用できる限度が決まってしまいます。その方に最低限必要なサービスであっても、経済的負担が重いために利用できないということが起こるのです。それは、今回の「多床型」の特別養護老人ホームの新設の認可に表れていると思います。そして、サービス利用増加分は介護保険料の負担増加につながりますので、減免制度などありますが、低所得の方はますます利用しづらくなります。また、特別養護老人ホームが不足しているからといっても、施設建設や運営は国や地方自治体ではなく民間（社会福祉法人など）の手に委ねられています。待機者を解消するために施設を造りたいと思っても、建設費用負担が重くのしかかります。よほど財源がない限り、簡単には建設できないのです。「静養ホームたまゆら」のような施設ができておかしくない状況を介護保険制度が生み出しているのです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">問題点をまだ十分整理できていませんが、単に「貧困ビジネス」として取り扱うだけでは、高齢者の終の住みかの現状を生み出している大事な背景を見逃してしまうと思われました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">いろいろ考えてみると、日本には、生活のあらゆる「最低限」が存在するようで、実は存在しないものの方が多いのではないか、と思ってしまいます。「最低限」の底抜け状態です。それは、今月１４日に出された老齢・母子加算削減・廃止取り消し訴訟、いわゆる「生存権裁判」京都地裁の原告敗訴判決にも表れています。司法の判断においても「健康で文化的な最低限度の生活」とは何かが具体的に示されていないのです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: right"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></span></div>]]>
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    <title>日本の貧困率と生活保護～これまでの生活保護基準の検証の妥当性～</title>
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    <published>2009-12-02T01:52:36Z</published>
    <updated>2009-12-02T02:01:50Z</updated>

    <summary>　政権交代からはや３か月が過ぎようとしています。現在は来年度の予算要求のための「...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　</span><span style="font-family: MS Gothic"><span style="mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">政権交代からはや３か月が過ぎようとしています。現在は来年度の予算要求のための「仕分け作業」をめぐって各方面から批判や意見が出されています。</span></span></span></p><p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p style="text-align: justify"><span style="font-size: 130%">　この「仕分け作業」の前、１０月２０日に、厚生労働省は政府の正式な見解として日本の貧困率を公表しました。この貧困率は、相対的貧困率と呼ばれるもので、ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）が加盟国の貧困率を公表する際に使われるものです。具体的には、世帯の可処分所得（税などを差し引いた所得）を所得順に並べた時に、中央値の半分を下回っている世帯を貧困とみなすものです。</span></p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify"><span style="font-size: 130%">　この方法を用いて調査した結果、２００６年度で１５．７％の世帯が貧困な状態にあることが分かりました。相対的貧困率の国際比較では、ＯＥＣＤが発表した加盟国の中でメキシコ、トルコ、アメリカに次いで４番目に高いものとなっています。また、この発表の後、１１月１３日に子どもがいる世帯のうち一人親世帯の相対的貧困率が発表され、それは何と５４％にのぼりました。ＯＥＣＤに加盟する先進国３０カ国で最もひどい数字です。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: justify"><span style="font-size: 130%">日本の相対的貧困率１５．７％は、人口では約２，０００万人にのぼるといわれています。日本の人口が約１億２０００万人なので、６人に１人が貧困だということです。派遣労働者の急速な増加、賃金切り下げなどが広がる中、ここまで深刻な状態になっていることにびっくりしました。そして、子どもはより深刻な状況に置かれていることに再度びっくりしました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: justify">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify"><span style="font-size: 130%">　今回の調査は生活扶助基準を貧困ラインとして計算していませんが、相対的貧困ラインは生活扶助基準に近い数字といわれています。何らかの加算がつく場合、加算は生活扶助の一部ですので、生活保護が必要かどうかの判断基準に加えられます。つまり、加算がつく場合は貧困ラインが引きあがるのです。しかし、働いている人に適用される勤労控除（賃金のうち一定額と必要経費（交通費など）は控除され、残りを収入認定する制度）は生活扶助基準の一部ではないので、生活保護が必要かどうかの判断基準、要否判定には入りません。つまり、働いている人の場合、生活扶助基準のみで計算するので、貧困ラインは引きあがらないことになります。仮に要否判定の際、生活扶助基準に勤労控除を含めると、貧困な人はさらに多くなることが考えられます。そうすると、子どもを抱えながら働いている一人親家庭の場合、１２月に復活するといわれている母子加算と勤労控除を含めたものを基準にみると、子どもの貧困は相対的貧困率より高く出るのではないかと思います（現在、一人親家庭の就労促進費が出ていますが、母子加算の方が金額的に高いので、貧困ラインは確実に引きあがります）。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify"><span style="font-size: 130%">　そこで、私の疑問はより一層強くなります。今回母子加算の復活が多くの方の努力で実現したのですが、その前に、厚生労働省は社会保障審議会福祉部会「生活保護の在り方に関する専門委員会」（以下、「委員会」）の後、母子加算の廃止を強引に進めました。委員会では、母子家庭の第１－１０分位や第１－５分位の収入階級にある母子家庭の生活扶助相当額と生活扶助基準を比較しました。一人親家庭の相対的貧困率は５４％です。第６－１０分位や第３－５分位の収入階級でも貧困な状態にある世帯が含まれることになります。そうなると、委員会で生活扶助基準との比較対象としたデータはすでに貧困な状態にあるのです。勤労控除のことを考えると、母子家庭の第６－１０分位や第３－５分位の収入階級はすでに貧困であることが考えられます。今回の日本の一人親家庭の相対的貧困率の発表は、委員会では生活扶助基準と貧困世帯とを比較したことを証明するものです。貧困世帯と比較して、生活扶助基準を引き下げることを目的としたといっても過言ではありません。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify"><span style="font-size: 130%">　日本では、１９６０年代途中から捕捉率（生活保護を利用する必要のある人のうち、何人が生活保護を実際に利用しているかを表すもの）を計算していません。今回の相対的貧困率を仮に生活保護基準とみなすと、現在生活保護を利用している人は約１６０万人ですので、データに２年のずれはありますが、単純に計算しても捕捉率は８％となります。生活保護を利用する必要のある人のうち、８％しか生活保護を利用していないことになるのです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: justify"><span style="font-size: 130%">捕捉率を明らかにしなくなった１９６０年代に生活扶助基準の参考としたのは第１－１０分位の収入階級でした。この当時は、この収入階級の消費支出の伸びが著しかったので参考にしたという経緯がありますが、捕捉率を考えると、生活保護基準以下で生活している世帯を相当含めた収入階級と比較しているのではないかと思われます。日本は、この時期にエネルギー転換政策を行い、多くの炭鉱が閉鎖され、炭鉱地帯に住む世帯の生活保護を利用する割合が高くなり、生活保護を利用できるのに利用させない、いわゆる「適正化」を行っていたからです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: justify">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: justify"><span style="font-size: 130%">　今回発表された相対的貧困率自体にも問題（全体の収入が減ると中央値が下がり、貧困ラインも下がる）はありますが、これまでの生活保護基準の検証は妥当だったのか、問題を投げかけるものになると思いました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: right"><span style="font-size: 130%">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></div><p>&nbsp;</p>]]>
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    <title>公的扶助における自立の考え方の相違～ドイツ（西ドイツ）の場合</title>
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    <published>2009-10-27T02:04:03Z</published>
    <updated>2009-10-27T02:10:38Z</updated>

    <summary>　今月１５日、生存権裁判東京高裁の証人尋問が行われました。その証人の一人として、...</summary>
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        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　今月１５日、生存権裁判東京高裁の証人尋問が行われました。その証人の一人として、初めて法廷に立ちました。</span></span></span></p><p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　何が争点だったのかは別の紙面に譲りますが、証人尋問にあたり、「生存権裁判を支援する全国連絡会」会長でもある小川政亮先生に多くの資料を送っていただきました。証言するに当たり核心となる資料も探してくださいました。本当にありがとうございました。</span></span></p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　せっかく送ってくださった資料を他に活かせないかと思い、今回は、その中でもドイツ（西ドイツ）の生活保護について、日本とどう考え方が違うのか、小川政亮先生の論文「ドイツ公的扶助制度の成立と現状（西ドイツ）」（『日本社会事業大学研究紀要』１９５８年１１月、ｐ７５～９０）を少し紹介したいと思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　日本国憲法の第２５条は、１９１９年に成立したドイツのワイマール憲法の条文が基になっています。そのワイマール憲法下で１９２４年、公的扶助立法が成立しました。「保護義務命令」と、この命令の条文に基づいた「保護の要件・種類及び程度の関する国の原則」の２つを指します。少しだけ内容を紹介します。①できるだけ統一的な国の法律に基づいて運営されること、つまり、各州の権限は残されていますが、保護の要件や種類及び程度については議会の承認を得て原則を定めることを建前としました。②貧民救護を廃止し、一般的保護としたこと、つまり、救貧の目的は貧民の生活を維持することにありましたが、一般的保護の目的は生産的であって、要保護者に自立能力を付与すること、そのために、保護の任務は要保護者が必要とする生活需要を充足することとされ、その人の状態によって補足的な所得が給付されました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　同じ頃、日本では「恤救規則」が生活困窮者に唯一対応する制度で、まずお互いが助け合うこと、放置できない「無告の救民」は天皇の慈悲により救済する、というものでした。ちなみにイギリスでは、失業保険法が成立し、失業者は保険で対応することになりましたが、救貧法はまだ残っていました。ドイツでは、日本が戦後になって検討した公的扶助のあり方をすでに取り入れていたのです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　しかし、この後ナチス政権が台頭してくると、ワイマール憲法は死文となり、公的扶助は再び救貧的なものに後退しました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　第二次世界大戦が終わり、ドイツは東西に分かれて占領されました。占領終了後、西ドイツでは、先ほど述べた公的扶助立法は引き続き連邦法としての効力を有することとされました。そして、１９５３年にこの法律が改正されました。小川政亮先生は、日本の生活保護行政と比較して興味ぶかいところを書いておられます。その中で、私が関心をもったところを取り上げたいと思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">　日本では、原則として生活保護は申請が原則とされていますが、西ドイツでは、生活保護の機関の職員が一人でも保護の必要な人を知っていれば、その人を保護しなければならず、必ずしも申請を必要としません。それは、恥辱感や無知から保護を受けないという人があってはならない、要保護者が保護を受けることを断念したからといって、行政側が保護を行う義務を免れるものではないからだとされています。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">補足性の原則（まず自分の能力や資産を活用して最低生活に充てること）は西ドイツでも規定されていますが、いくつか例外を認めています。保護の目的である自立の援助を阻害しないために、一定の資産、家具、職業教育を受けたり生業活動を開始または継続するために必要なものは資産とはみなしません。この他に、人道的理由によるものとして、家伝の美術品や世襲の品物で、それを処分することが要保護者に辛い思いをさせたり、その交換価値以上に要保護者や家族が特別な価値をもっているものなどは資産とみなしません。また、私保険も相当だと思われる範囲のものは保険金を控除されます。第三者からの寄付、扶養義務者からの扶養収入、年金、勤労収入一定の範囲収入としてみなしません。本人が生きていく意欲を阻害しないためであり、また、せっかく寄付などを行っても収入とみなすと寄付した意味がなくなるからです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">西ドイツでは、日本のように同一世帯というだけで世帯の収支を一体として取り扱う考え方ではなく、世帯の中で誰が困窮状態にあり、困窮していない成員から援助を受けられるかを考慮して保護の度合を考えます。世帯員全員の自立を阻害してはならないからであり、保護の個別性が早くから考えられていることがうかがえます。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">生活保護基準についてですが、住宅費は実費を支給するので、基準からは外されています。日本のように各地域で定められている住宅扶助基準以内の住居を探したり、そこに転居したりしなければならないことはないのです。要保護者が慣れ親しんだ場所に住み続けることができるということは安心感をもたらし、これからへの意欲へとつながるのだと思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">高齢者や障害者、ひとり親家庭など、一般の人々よりも需要が大きい人々にはその分を加算として支給します。また、一般基準で対応できない場合、要保護者の生活需要を満たすことが自立へつながるという考えから、基準によらない生活費の測定が必要な場合は、給付はそれに応じて行わなければなりません（日本でも一般基準によらない場合「特別基準」の設定はできますが、厚生労働大臣に伺いをたてなければなりません）。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">日本では厚生労働大臣が基準を定めますが、西ドイツでは基準を定める際に、要保護者に属する人々や要保護者を保護する団体の意見を聞かなければなりません。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">以上、小川政亮先生が５０年ほど前に書かれたドイツ（西ドイツ）の公的扶助について少しだけ紹介しましたが、日本の現行生活保護行政をみても、５０年前のドイツの方が合理的で、進んだものであることがうかがえます。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">ドイツの行政関係職員が劣等処遇的な考えを持ち合わせていないというわけではないということですが、むやみに原理原則に沿ってしまうと、それは貧困者を救貧生活にしばりつけることになり、本人がよりよく生きたい意欲も失わせてしまうことをよくくみ取って制度化されているのだと思います。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">現在、東西ドイツは統一され、公的扶助法も昔とは変わっていますが、こうして比較することで、日本の生活保護のまだまだ不十分なところが見えてきます。今まで当たり前だと思っていたことが、そうではないことに気づくのです。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: MS Gothic">証人尋問では無我夢中に答えていましたが、こうやって原点に戻り振り返ることが、答える際の自分の地盤となっていくのだと思いました。学問の奥深さと勉強不足を考えさせられました。</span></span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: right"><span style="font-size: 130%"><span><span><span style="font-family: MS Gothic"><span><span>金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></span></span></span></span></span></div>]]>
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    <title>カウンターの内側はどうなっている？―生活保護ケースワーカーの担当ケース数―</title>
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    <published>2009-09-25T04:56:33Z</published>
    <updated>2009-09-25T05:00:44Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;７月に東京で「カウンター越しの対立を超えて」という集会がありました。...]]></summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://whats-social-security.com/forum/">
        <![CDATA[<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">&nbsp;</font><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%">７月に東京で「カウンター越しの対立を超えて」という集会がありました。東京で開催されたため、お願いして資料を送っていただきました。それを読んでふと思ったことがありました。</span></span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">&nbsp;「生活保護」と聞くと、申請侵害（いわゆる「水際作戦」）や不適切な指導のことをよく耳にしますが、生活保護を担当する課の職員（現業員、生活保護ケースワーカーともいわれます。公務員です）の現状はあまり、いや、ほとんど知られていないのではないかと思います。私の経験も交えながら、知りえる範囲で、カウンターの内側にいる生活保護ケースワーカーが今どうなっているのか考えていきたいと思います。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　１９９９年の地方分権一括法の成立、２０００年の社会福祉事業法の「改正」により、生活保護担当職員１人当たりの担当ケース数は８０ケースを「法定数」から８０ケースを「標準」にすることに変わりました（他にも「改正」されたことがあるのですが、今回はこの問題のみ取り上げたいと思います）。担当ケース数が「標準」になったことで、１人８０ケース以上を持つことが可能になったのです。私は、「法定数」の８０ケースでも担当数としては大変多いと思います。相談援助関係のお仕事をされている方であれば想像しやすいと思いますが、生活保護ケースワーカーは８０件を訪問し、助言・指導を行い、職場に戻ったらケース記録の作成、生活保護費の計算をしなければなりません。必要ならば、検討したいケースについてケース会議を開きます。福祉事務所によって違うかもしれませんが、面接担当に当たった場合、生活保護の申請を希望する方の面接を行わなければなりませんので、それだけで１日とられることもあるようです。きちんと保護行政を行っているか監査もありますので、監査前には準備で忙しいと思います。この他にも細かな事務作業等あるのだと思います。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">カウンターの外側にいる私が見ても、これだけの業務はこなすのは大変だと思います。８０ケースでも大変なのに、担当ケース数の上限がなくなったのです。しかも、公務員の数は減らされています。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">大阪の施設に勤めていたとき、利用者が「福祉事務所のケースワーカーと話がしたい」というので、ある福祉事務所に電話連絡をとったことがあります。利用者の中には家族がいない、または不明である、家族関係が悪い、または家族が遠くにいて会えない、という方がいらっしゃるので、そのような利用者にとって福祉事務所の担当ケースワーカーは、施設の職員以外で相談できる大切な人なのです。その時電話口に出たのは違うケースワーカーでした。事情を話すと「忙しいのでそのような細かな対応はできない」と言われました。おそらく施設から遠い場所にある福祉事務所ということもあり、そのようなことをおっしゃられたのかも知れませんが、私も思わず「それがそちらの仕事ではないのですか」と言ってしまいました。その後、利用者の担当ケースワーカーからお詫びの電話があり、そのときに「あの方は、ホームレスの方を１００件以上もっているのですよ」と話されました。それを聞いてびっくりしました。私もその方の事情を知らずに思わず言ってしまったことに申し訳ない気持ちになりました。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">結局、数日後その利用者の担当ケースワーカーはお忙しい中、近くの病院に入院されている方の面会の帰りに施設に寄られ、利用者の話を聞いてくださいました。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">このように、細かに対応してくださったケースワーカーも、ずっとその課で仕事ができるとは限りません。「異動」というものが上記の問題点の上にのしかかります。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">どのような仕事でもいえることかもしれませんが、１つの仕事を一通りこなすのに３年はかかると思います。一通り仕事がこなせるようになり、利用者の特徴や対応の仕方、解決しなければならない課題が見えてきたころに異動になるのだろうと思います。異動は、一方ではその方の興味や関心のある課に移ることができ、また、いろいろな可能性を確かめることもできるよい面があるのですが、経験を積んでいくことが難しい面もあるかと思います。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">そこで、経験を積んだベテランの生活保護ケースワーカーがどのような仕事をされたのか、簡単に紹介したいと思います。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">施設の利用者の子どもさん（子どもさんは違うところで暮らしています）が行方不明になったことがありました。誰に連れ去られたのかは推測できたのですが、どこに連れ去られたのかは分かりませんでした。その時、利用者の実施機関の担当ケースワーカーは新しい方に変わっていたのですが、その福祉事務所の保護課長が利用者の前担当者であったこともあり、「以前その方にかかわっていたので、また、難しい問題なので、私が引き受けます」と、子どもさんの問題を引き受けてくださいました。その後、しばらくしてから子どもさんは無事保護されました。どのようにして子どもさんの居場所を突き止めたのかは不明ですが、利用者の担当を長くしておられたことと様々な経験から、いろいろ連携を取りつつ子どもさんを捜されたのだと思います。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">福祉事務所の生活保護ケースワーカーは経験年数や性格も一人ひとり違いますので対応の仕方もそれぞれ違うと思います。また、様々なケースがあり、すべてのケースが一様に大変とは言えません。しかし、前述したような細かな対応をしようと思えば、８０件でも大変だと思わざるを得ないのです。それを国は８０件以上持つことを可能にしたのです。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">もちろん、現在取り上げられている福祉事務所の問題、特に生活保護の運用面の問題は担当ケース数が減ったからといって解決するものではありません。しかし、一人ひとりのこれからの生活を細かにみていき、援助していこうと思えば、現在の担当ケース数は妥当なのか、疑問に思わざるを得ません。</span></span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; text-align: right; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></span></span></p>]]>
    </content>
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    <title>申請主義と生活保護</title>
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    <published>2009-09-04T00:24:52Z</published>
    <updated>2010-02-02T02:50:19Z</updated>

    <summary>　仕事と家を失い、野宿生活をされている方の支援に参加させてもらって、考えさせられ...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
    </author>
    
        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span style="font-size: 10.5pt; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　</span><span style="font-family: MS Gothic"><span style="font-size: 130%"><span style="mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">仕事と家を失い、野宿生活をされている方の支援に参加させてもらって、考えさせられたことがあります。今回は、その一つを書きたいと思います。</span></span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp;</p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　日本の所得保障制度は申請主義を採っています。例えば、年金は、年金保険を納めて年金受給資格を得ても、自分から申請（裁定請求）しなければ年金は給付されません。児童手当等も、申請しなければいくら資格があっても支給されません。そして、「健康で文化的な」最低限度の生活を保障する生活保護制度も、自ら申請することを前提とした申請主義をとっています。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　現行の生活保護制度が申請主義を採っていることには、大きな意義があります。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　現行の生活保護制度以前、１９４６年に制定されたいわゆる「旧」生活保護法には申請する権利がありませんでした（戦前は社会保障の権利自体認められていませんでした）。市町村長が生活保護が必要だと認めた場合に、初めて生活保護制度を利用することができたのでした。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　そのことは、「健康で文化的な」最低限度の生活を営む権利を有するとした憲法２５条の精神に反します。国民が権利を行使できるようにしなければ、権利を保障したことにはなりません。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">そこで、最低生活を営むことを求める権利として、保護請求権が現行の生活保護法第７条</span><a title="" href="#_edn1" name="_ednref1"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_edn1" name="_ednref1">[１]</a>に盛り込まれました。小山進次郎は、この保護請求権の構造を次のように説明しています。それは、国民に保護請求権が与えられることによって、その発動形式として保護の申請があり、保護の実施機関は申請に対し、保護の決定をするか、申請の却下をするかしなければならない、そして、申請の却下やその他の保護の決定に対して不服があれば不服の申し立てをすることができる、というものです。</span><a title="" href="#_edn2" name="_ednref2"><span style="font-size: 130%">[２]</span></a></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%">そして、保護請求権を行使できない者や行使することが困難な者がいること、また、国民に申請権の考え方が浸透するには時間がかかり、国民の最低生活保障が欠けることがあってはならないことから、必要である場合は、申請がなくとも職権による保護を行うことができるようにしました。</span><a title="" href="#_edn3" name="_ednref3"><span style="font-size: 130%">[３]</span></a></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　法律上は、国民の最低生活を保障するために、保護請求権を認め、保護請求権を行使できない場合の手立ても講じ、誰もが最低生活を漏れなく保障されるよう考えられているのです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　しかし、これだけでは保護請求権を保障するには不十分です。小川政亮先生の本を読んで、とても大切だと思ったものがあります。</span><a title="" href="#_edn4" name="_ednref4"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_edn4" name="_ednref4">[４]</a>それは、申請主義をとるからには、その人が申請権を行使できるよう、どのようなときに、どこに行って、どのような手続きをとればよいのか、行政側に広報しなければならない義務が明確になっていなければならないことです。換言すれば、知る権利の保障です。ある自治体の生活保護に関するパンフレットを見ましたが、「生活に困窮した場合に相談してください」と書いてあっても、どの程度の困窮状態なら生活保護を申請することができるのか具体的に示されていませんし、どのように申請したらよいのかも示されていません。結局、自ら『生活保護手帳』という、福祉事務所職員が使用している実施要領集を読むか、生活保護制度に詳しい人に聞くなどしなければなりません。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　困窮の程度については、書くと膨大になるのでここでは省きますが、申請については至って簡単です。生活保護の申請書はありますが、申請書によらなくても、福祉事務所または町村役場で生活保護を申請したい意思を口頭で伝えてもよいですし、手紙で申請することを伝えてもよいのです。手紙は郵送でも構わないのです（内容証明郵便が確実です）。生活保護の申請書については、住民票を取り寄せる申請書などのようにカウンターに置いているところはほとんどありません。福祉事務所の面接員に相談をして、生活保護が必要と認められた場合に初めて申請書を渡されるというところが多いのではないでしょうか。もともと福祉事務所の面接員制度は、本人の意思があっても筆記能力がない場合に申請を支援するために採用された経過があります。</span><a title="" href="#_edn5" name="_ednref5"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_edn5" name="_ednref5">[５]</a>そもそも生活保護を申請するために面接員の面接を受けなければならないということにはなっていないのです。少なくとも現行法が考えられた時点ではそうなっているのです。これについては、籠山京が指摘しています。少し長いですが引用します。「申請は電話でもハガキでも、福祉事務所の窓口で口答でしてもよく、申請があって後に面接指導が行われるということであれば、要保護者はもっと福祉事務所に接触してくるであろう。（しかし）面接窓口には、生活保護とは全く関係のないような相談事も持ち込まれてくるということである（だから面接員が必要といわれているの意：筆者注）。・・・（中略）・・・いっさいの相談を申請とし、そこから請求権の行使が始まったとみなすことが、なぜできないのであろうか」「申請権をもっと簡単なものとしなくては、せっかくの国民の権利が、この段階で制限されてしまう」</span><a title="" href="#_edn6" name="_ednref6"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_edn6" name="_ednref6">[６]</a>というものです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　この指摘に関して、私は全く同感です。今も、生活保護を申請させない、いわゆる「水際作戦」が行われていますが、生活保護が必要かどうかは、申請を受理してから調べたらよいことなのです。そのために、申請を受けた福祉事務所は保護の要否判定を行い、その結果を知らせなければならないという、生活保護法第２４条の規定があるのです。生活保護が明らかに必要なのに、個人で申請しようとすると申請させてもらえず、支援者や法律家が同行して初めて申請が受理される、という実態は、やはり、困窮した状態がどのような状態で、どのように手続きしたらよいのか、国民にはほとんど知られていない実態を表すとともに、知られていないことが保護請求権の行使を阻んでいる要因の一つなのだと思いました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　ちなみに、籠山京が提案しているような、申請権を簡単なものにしている国があります。諸外国のことに不勉強で十分紹介できませんが、世界で初めて公的扶助（日本の生活保護にあたる）の法律を制定したイギリスの申請を少し紹介したいと思います。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　イギリスは、郵便局に公的扶助の申請用紙が置いてあります。公的扶助を利用したいと思えば、郵便局に置いてある申請用紙に必要事項を記入して、ポストに投函するだけです。その後、それを受け取った相談員が各家庭を訪問し、家庭の状況を調べます。日本と違い、申請の受理をめぐって相談窓口でもめる、というようなことはないのです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%">申請主義をとることによって「健康で文化的な」最低限度の生活を保障するのであれば、そのために必要なことがどれだけ保障されているのか、現行の規定も含め、見直さなければならないと思いました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="text-align: right"><span style="font-size: 130%">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子<br clear="all" /></span></div><div><hr size="1" width="33%" align="left" /><div id="edn1"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt 10.5pt; text-indent: -10.5pt; text-align: left"><a title="" href="#_ednref1" name="_edn1"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_ednref1" name="_edn1">[１]</a> 生活保護法第７条「保護は、要保護者、その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請に基づいて開始するものとする。但し、要保護者が窮迫した状況にあるときは、保護の申請がなくても、必要な保護を行うことができる」</span></div></div><div id="edn2"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt 10.5pt; text-indent: -10.5pt; text-align: left"><a title="" href="#_ednref2" name="_edn2"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_ednref2" name="_edn2">[２]</a> 小山進次郎『改訂増補　生活保護法の解釈と運用（復刻版）』全国社会福祉協議会、２００４年、ｐ１６２～１６３</span></div></div><div id="edn3"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><a title="" href="#_ednref3" name="_edn3"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_ednref3" name="_edn3">[３]</a> 前掲書、ｐ１６３</span></div></div><div id="edn4"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt 10.5pt; text-indent: -10.5pt; text-align: left"><a title="" href="#_ednref4" name="_edn4"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_ednref4" name="_edn4">[４]</a> 小川政亮「権利実現の手続き法」小川政亮著作集編集委員会編『小川政亮著作集１　人権としての社会保障』大月書店、ｐ２５３－２７２</span></div></div><div id="edn5"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt 10.5pt; text-indent: -10.5pt; text-align: left"><a title="" href="#_ednref5" name="_edn5"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_ednref5" name="_edn5">[５]</a> 小山進次郎前掲書、ｐ１６５－１６６</span></div></div><div id="edn6"><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left"><a title="" href="#_ednref6" name="_edn6"></a><span style="font-size: 130%"><a title="" href="#_ednref6" name="_edn6">[６]</a> 籠山京『公的扶助論』光生館、１９９１年、ｐ１３６－１３７</span></div></div></div><p style="text-align: left">&nbsp;</p>]]>
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    <title>「資産の活用」と自動車～一地方都市に住んで考えたこと～</title>
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    <published>2009-07-27T07:02:30Z</published>
    <updated>2009-07-27T07:05:28Z</updated>

    <summary>　北九州市に住む障害者夫妻が、自動車を所有していたことから、福祉事務所が生活保護...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://whats-social-security.com/forum/">
        <![CDATA[<p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　</span><span style="font-family: MS Gothic"><span style="mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">北九州市に住む障害者夫妻が、自動車を所有していたことから、福祉事務所が生活保護を停止したのは違法だと裁判に訴え、今年５月、北九州市の処分は違法だという判決が下されました。</span></span></span></p>]]>
        <![CDATA[<div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　この夫妻は病気と障害のため働くことができなくなり、生活保護を利用することになりました。もともと仕事用に自動車を所有していたのですが、妻はほとんど歩行できず、タクシーや公共交通機関を利用することができなかったこと、また、夫も病気のため、買い物や通院に自動車が不可欠となったことから、自動車が「生活維持手段」の一部となっていました。それにもかかわらず、福祉事務所は「資産」とみなして、自動車の売却を「指導」し、それを拒んだことから福祉事務所は生活保護を停止した、という経過がありました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　生活保護と自動車の取り扱いについては、この訴訟以前から「生活維持手段」か「資産」かをめぐってずっと議論され、争われていただけに、裁判所がこのような判決を下したということは、その世帯に応じて最低限度の生活を保障することを前進させ、これからの生活保護の運用にも大きな影響を与えるものと思っています。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　そして、この判決の記事を読みながら、「自動車って本当に資産に当たるのかなあ」と思いました。これは単に自動車の保有の是非を巡ってだけではなく、誰もが自由に移動できる街づくりや福祉施策とも大きく関連するからです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　移動の保障について、３つの視点を簡単に書いてみました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%">１つ目は、公共交通網が発達しているかです。一地方都市に住んだことで、大阪にいるときに当り前のように使っていた公共交通機関は、実は日本のほんの一部でしか発達していないこと、地方ではむしろ、路線の廃止や便数の減少などで、自動車を持たざるを得ない生活様式となっていることが分かりました。石川県では、以前は能登半島の輪島まで電車が通っていたそうですが、廃止となり、輪島まで行こうと思えば、バスか自家用車でしか行くことができません。白山の方へ向う電車も一部廃止の動きがあります。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　２つ目は、公共交通網が発達していても、その利用が可能かどうかです。例えば駅までの道のりが近いか・安全か・公共交通を使って駅まで行くことができるのか等アクセスの問題、駅自体が誰もが利用できる構造か・乗り物自体が誰もが利用できる構造か等交通機関自体の問題、そして利用した場合の費用の問題があります。私は、これに関しては、ちぐはぐな所が多いと思います。駅にエレベーターが設置されていても、そこに行くまでの道路に段差がある、電車とホームの間が広く開いている、電車とホームに段差がある等、人間の動作を連続的に捉えられていない設計になっていると思います。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　３つ目は、移動の保障が国や自治体などの街づくりや福祉施策によって行われているかです。その人の必要に応じて、また身体状況に応じた移動が保障されているか等施策の内容と、利用した場合の費用の問題があります。自治体によっては、高齢者や障害者にバスの無料乗車券を配っているところがあり、それ自体は良いのですが、バスを利用できない身体状況の場合、タクシーチケットを配るなど、それの代替え策が必要です。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　この３点だけでは不十分だと思いますが、これだけのことを考えても、誰もが移動を保障されているとは言えない日本の状況が浮かんでくると思います。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　自分が地方都市に住み、自動車を運転せざるを得なくなって、日本はやっぱり車優先社会なんだということを初めて実感できた気がします。道路建設は次々と行われ、自動車による移動は便利になっているのですが、前述したように、公共交通網がその分縮小されているのです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　ますます自動車に依存せざるを得ない生活様式になり、公的な移動保障が不十分であれば、最低生活の維持に自動車が必要になってくることは、ある意味必然なのではないかと思うのです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　しかし、これは、自動車を運転できる身体状況である、自動車を保有していればの話で、自動車を保有していない、加齢や障害等により自動車を運転できなくなったとき、自動車は生活手段としても役に立たなくなってしまいます。最後に浮かんでくるのは、日本の移動保障の貧しさなのかもしれません。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt" align="right"><span style="font-size: 130%">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></div>]]>
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    <title>全大阪生活と健康を守る会アンケートから見えてきたもの―その③</title>
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    <published>2009-06-26T02:51:48Z</published>
    <updated>2009-06-26T03:01:53Z</updated>

    <summary>今回も、前回に引き続き、全大阪生活と健康を守る会の方からいただいたアンケート集計...</summary>
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        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">今回も、前回に引き続き、全大阪生活と健康を守る会の方からいただいたアンケート集計の内容を少し紹介したいと思います。</span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp;</p><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　今回は、前回お知らせしたように、生活保護費での実際の生活を見ていきたいと思います。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　生活保護を利用していない多くの方は、最低限度の生活保障として生活保護費がいくら支給され、そして、その生活保護費でもってどのような生活を送ることができるのか、ご存知ないかと思います。そこで、まず具体的に生活保護を利用した場合の生活費がどのくらいなのか明らかにしたいと思います。手元に２００６年の生活保護手帳しかありませんので、申し訳ありませんがこれで明らかにしたいと思います。金額は今とほとんど変わりないと思います。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　生活保護費は８つの扶助に分かれています。生活扶助、教育扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、生業扶助、出産扶助、葬祭扶助です。日常の生活費を保障する生活扶助は１級地―１・２、２級地―１・２、３級地―１・２と、地域の物価等を勘案してとのことで６つの級地に分かれています。また、年齢・世帯人数によっても金額が違います。大阪も地域によって級地が違います。冬季アンケート集計結果で最も多い年齢層である６０～６９歳かつ単身で障害や重度の病気のない世帯を想定して計算した場合、大阪市など１－１級地では、冬季加算（１１～３月の間支給）を入れると１ヶ月８２，６２０円です（１２月に期末一時扶助が支給されますが、一時的なものなので、ここでは省きます）。阪南市や能勢町など３－１級地では、６７，７４０円です。これに介護保険料を支払うための介護保険料加算が加算されます。以前は、７０歳以上には老齢加算、ひとり親世帯には母子加算が支給され、それ以外にも、大阪府・大阪市は生活保護を利用しているすべての世帯に夏と冬に地方自治体独自の福祉的給付金として見舞金を支給していましたが、これらはすでに廃止されました。したがって、物価高にも関わらず生活費は減っていることになります。住宅扶助は厚生労働大臣によって金額が定められているのですが、それではあまりにも低いので、それぞれの地域の事情を勘案して特別基準が定められています。大阪の場合、１－１級地は単身世帯で４２，０００円まで、３－１級地で３０，８００円までです。医療費は医療扶助でもって保障されます。働いていると、収入から少し控除して残りは収入認定され、収入認定分は毎月の生活扶助から差し引かれます。年金等ある場合はその金額がそのまま収入認定されます。したがって、他の収入があったとしても、最低生活費はほぼ生活扶助の金額に縛られることになります。これで１か月間過ごさなければなりません。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%">貯金については、生活保護を利用する前に１か月の生活扶助費の半分までなら認められますが、これは、生活保護の申請を福祉事務所が受理した後、生活保護開始の可否決定を１４日以内に行わなければならないからで、１４日後に生活保護が開始され場合、手持ち金は０円ということになります。したがって、貯金は生活扶助を節約でもしない限りできません。布団、家具や電化製品などの家具什器は、生活保護開始時、必要と認められる場合、布団は１８，１００円まで（新規購入の場合）、家具什器は２４，５００円まで（真にやむを得ない場合は３９，２００円）支給されます。それ以降は、災害などよほどの理由がない限り、これらの費用は出ません。すべて生活扶助から賄わなければなりません。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%">一般世帯の場合、いざという時の出費に備えて貯金など何らかの貯えがあり、１か月の家計が赤字になっても何とか補てんできますが、生活保護を利用している世帯はよほど切り詰めて貯金しない限り、収入がそのまま支出の限度額となる、家計が非常に硬直している状態なのです。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　これを前提に、実際の生活を見ていきます。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　アンケートには、「生活保護費の中で節約しているもの」の項目として、食費、衣料費、入浴、交際費（冠婚葬祭費）、文化・教養費（新聞・映画・本など）が挙げられています。その中で一番多いのは食費で、９４．１％です。その次は衣料費で、９０．６％です。昨今の不況で、食費や衣料費を節約しているのは一般世帯も同じだ、と思われる方は非常に多いと思います。新聞やニュースでも、多くの方が食費や衣料費を節約していることが報道されています。どの世帯でも食費や衣料費が真っ先に節約の対象になることには理由があります。それは、個人の裁量が利くからです。安いものや違うものに置き換えることが可能な費目なのです。同時に、これらは人間が生きていく上で欠かせないものでもあります。ある大学の先生が「人間の再生産にとって一番大切なものを節約せざるを得ないことほど貧しいことはない」というようなことをおっしゃっていましたが、本当にその通りだなと思います。食費や衣料費に関する自由回答の内容は、「スーパーの閉店間際の半額セール時に買い物に行く」「衣類はバーゲン時に購入する」などというものでした。中には「１日２食、そのうちの１食はお茶漬け」「安いものを買って２回に分けて食べている」というものもありました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　それらの次に節約しているものは文化・教養費で、８１．６％です。しかし、これに関する自由回答は数例しかありません。「食べるだけでなく、もう少し自分らしく生きたいが、削るところが多くそこまでの余裕がない」という自由回答が表わしているように、すでに節約してしまって、これ以上節約の仕様がないという方が多いのではないかと思われました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt"><span style="font-size: 130%">生活保護を利用していない多くの世帯は、「節約する」というとだいたいが食費、衣料費ですが、生活保護を利用している世帯はその他にも節約している費目があります。それは、交際費（冠婚葬祭費）で、８１．８％です。交際費は社会関係を維持するために必要不可欠な費用です。生活保護を利用している世帯は、食費や衣料費だけでなく、文化・教養費、交際費と、あらゆる費目を同時に節約しているのです。これが一般世帯の節約との大きな違いではないかと思っています。自由回答の内容は、「お金がない。義弟の奥さんが死去したが、その葬式に出ることができなかった」「墓参りに行くことが出来ない」「今年、姉と弟が亡くなりましたが、人並みの付き合いができずに嫌な思いをしました」「夏期・歳末一時金を復活させてください。孫たちに少しは小遣いをあげたい」「付き合いも今までのつながりもあって、そんなにぷっつり切れない。お見舞い、お香典も５０００円以下ではできない。そういう時は、食費、電気、銭湯を節約するしかない」など、社会関係を維持するためにあらゆる出費を控えなければならない、社会関係が維持できず、このままでは生活保護を利用している世帯が孤立してしまうことが懸念されるものでした。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　また、入浴回数の少なさも一般世帯とは違う特徴ではないかと思われました。風呂のある世帯は回答全体の６６．８％、無い世帯は３１．３％（無回答１．９％）で、風呂のない世帯が３割を占めており、生活保護を利用している世帯の住居の築年数が古い、または風呂のある住居に住むことができないのではないかと考えられます。そして、風呂のある世帯の場合、最も多い入浴回数は週３回で、３０．８％です。週１回・２回と合わせると、ほぼ６割になります。半数以上の方が毎日入ることができないでいるのです。これは、光熱水費の節約のため、風呂に毎日入ることができない状態にあると思われます。毎日入浴している世帯は１２．４％で、１割強です。風呂のない世帯の場合、最も多いのは週２回の３３．９％で、週１回と合わせると５０％を超えてしまいます。毎日入ることのできている世帯は４．３％しかありません。これは、公衆浴場の入浴代が高いためだと思われます。自由回答の内容は、「風呂の水は１週間変えず、入るとき水を足しています。風呂の水はトイレタンクの中に入れて利用します」「お風呂の入浴回数を増やしたい」「風呂に入らない場合は匂いがします。友達もすごくいやな匂いをしますので、風呂券を無料で発行してください」など、単に入浴できないだけでなく、入浴後も節約のことを考えなければならないこと、入浴できないことが交際にも影響することが窺えるものでした。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　その他、６０歳以上の高齢者世帯が集計の半数以上を占める中、「暖房費を節約せざるを得ない」「寒くなったら布団にもぐる」という自由回答が目立ちました。風呂に入って体を温めることもままならない中、暖房費も節約せざるを得なくなると、健康状態にも影響を与えることが懸念されます。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%">　世界的な不況の中、節約するのが当たり前のようになっていますが、私たちが保障されている最低限度の生活の内容は、ここに挙げた自由回答が示すように、あらゆるものを節約しなければならないだけでなく、それによって社会関係の維持も困難になるというものなのです。近年、単に経済的に貧困だけでなく、あらゆる制度から排除され、最終的には社会からも排除され、孤立してしまう状態をも貧困であると、貧困の概念自体が見直されていますが、そのような貧困の概念と憲法２５条で保障されている「健康で文化的な」最低限度の生活の内容との関係が本当に十分議論されているのか問い直す必要があることを、このアンケート集計は示しているのだと思いました。</span></div><div style="margin: 0mm 0mm 0pt" align="right"><span style="font-size: 130%">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></div>]]>
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    <title>全大阪生活と健康を守る会アンケートから見えてきたもの―その②</title>
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    <published>2009-05-27T04:17:43Z</published>
    <updated>2009-05-27T04:20:53Z</updated>

    <summary>今回は、前回に引き続き、全大阪生活と健康を守る会の方からいただいたアンケート集計...</summary>
    <author>
        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">今回は、前回に引き続き、全大阪生活と健康を守る会の方からいただいたアンケート集計の内容を少し紹介したいと思います。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　今回は、「生活保護を受けてよかったこと」の自由回答をみてみました。回答は２０９世帯でした。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　「生活保護を受けてよかったこと」といっても、何がよかったのかはその世帯によって違ってきます。そこで、前回に引き続き、筆者の判断で分類してみました。すると、一番多かったのが「安心して病院にかかることができるようになった」で、７５世帯でした。前回の紹介では、家族も含め「病気・怪我・障害によって働けないため」に生活保護を利用するに至った世帯が８０世帯でしたので、当然といえばそうかもしれませんが、この結果には驚きました。今、高い国民健康保険料が払えず、また、３割自己負担のため、病気になっても病院にかかることができない世帯が増加していますが、生活保護を利用するまで安心して病院にかかることができない状況にあった世帯が非常に多いことが浮き彫りになっていると思いました。自由回答の内容は、「年金が少ないのでこのままだと病院にも行けませんでした。血圧と心臓が悪いので生活保護が利用できる様になってたすかります」（ママ）「脳梗塞で倒れ、１ヶ月以上も病院に行かず、生健会のお陰で助けて頂き現在も通院とリハビリに専念して３年も過ぎたがこんなに長くかかる病気で申し訳ない」（ママ）「１０年以上、Ｃ型肝炎で苦しんでいたとき、生活保護を受けられることを知り、それから病院にも安心して行けるようになり、身体もだんだん楽になりました」「子どもたちが自分の病院費用のことでケンカすることがなくなった」等、重篤な病気でも、生活保護を利用するまでは病院に行くことができなかった、医療費のことで家族関係にまで影響を与えていたというものでした。この国の医療保障が機能していないことが、生活保護から見えてきます。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%">&nbsp;</span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">その次に多かったのは「なんとか生活できるようになった」で、６７世帯でした。自由回答の内容は、「生活保護申請中３、４日間、水だけを飲んで、部屋で横になっていた時の苦しさを思うと本当に助かりました」「何も手につかず悩んでいたことがなんとか生活できるようになって感謝しています」等、生活保護を利用するまで本当に大変な生活をされていたことが窺えるものでした。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="font-size: 120%">&nbsp;</span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　その次は、「ごはんが食べられる」「家の修理、家賃を払うことができる」で、各１４世帯でした。これらは「ホームレス（寸前）だったが、人間らしい生活ができるようになった」という回答（３世帯）とも内容が重なると思いました。「人間らしい生活ができるようになった。１０年以上、淀川の河川敷で生活をしていた。生活保護制度を利用できて、住居での生活ができるようになり、夏の暑さや冬の寒さ、雨つゆなどを気にせずに生活できている。今日は食べられたけど、明日は食べられるのかという心配もしなくてもよくなった」という自由回答に見られるように、「衣食住」という、人間にとって不可欠なことが満たされるということは、基本的ですがとても大切なことなのだと改めて思いました（１０年以上もこの状態を放置してきた行政の対応の問題もありますが）。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%">&nbsp;</span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　そして、「生活が安定してきた」「精神的に楽になった」という世帯がそれぞれ７世帯、６世帯みられました。自由回答の内容は、「子供の病気などで仕事を休んで給料が減っても、生活保護で保障されるので安心感があります」「子供がいるのですごく助かっています。精神面でも少しですが楽になりこれから先、子供と２人でやる気がわいてきます」（ママ）「精神的にゆとりがあり、不安からまぬがれた。体調のほうにも無理がなく、自分のペースで働くことができた」等、経済的な安定を得られることが、精神面にも大きな影響を与えていることが窺えるものでした。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%">&nbsp;</span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　その他、回答数は少ないですが、とても大切だと思った回答がありました。それは、「毎月決まった収入があること」です。正社員として働き、毎月決まった収入がある方にとっては、当り前のようになっているかもしれませんが、決まった収入があるということは、生活の見通しを立てることができるということに繋がるのです。この時期には何が必要か、お金をいつどう使えばよいのか、計画的に考えることができるのです。私は、このことは生活を安定させる上でとても大切なことだと思っています。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%">&nbsp;</span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　自由回答のごく一部を取り上げましたが、生活保護を利用するということは、人々の生活を安定させるだけでなく、これからどう生活していきたいのか、生きる意欲にも繋がるのだと思いました。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%">&nbsp;</span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　しかし、実際に支給される生活保護費で生活するのは楽ではないことも、このアンケート集計は浮き彫りにしています。次回は、生活保護費での生活実態に触れたいと思います。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: right" align="right"><span style="font-size: 120%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></span></p><p><span style="font-size: 120%">&nbsp;</span></p>]]>
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    <title>全大阪生活と健康を守る会アンケートから見えてきたもの―その①</title>
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    <published>2009-04-24T05:44:06Z</published>
    <updated>2009-04-24T05:47:42Z</updated>

    <summary>　今月の初めに、大学院時代お世話になった全大阪生活と健康を守る会の方から２００８...</summary>
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        <name>編集者</name>
        
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        <category term="最低生活保障って？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span style="font-size: 10.5pt; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　</span><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">今月の初めに、大学院時代お世話になった全大阪生活と健康を守る会の方から２００８年冬季アンケート集計をいただきました。</span></span></p>]]>
        <![CDATA[<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　このアンケート集計は、対大阪府交渉に向けて、生活保護を利用している方の要望をまとめるために作成されたものです。今回、全大阪生活と健康を守る会の承諾を得られましたので、アンケートの内容を少し紹介したいと思います。御承諾くださった全大阪生活と健康を守る会にこの場で御礼申し上げます。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　回答は３７４世帯で、世帯人数は、１人世帯が２５２人で６７．４％、２人世帯が９０人で２４．１％です。１人または２人世帯だけで９０％以上を占めます。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　年齢構成は、６０代が最も多く１６５名で３１．５％、７０代が１３９名で２６．５％、５０代が６６名で１２．６％です。５０代から７０代で約７０％を占めます。その後３０代、４０代、１０歳未満、１０代と続くので、子どものいる世帯が若干含まれていることになります。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　自由回答の１つに「生活保護を利用するに至った理由」が記載されていました。全世帯が自由回答に答えておらず、また、どの年代の方のものなのか分からないので、年代と理由の関係は不明です。しかし、２００世帯の自由回答を筆者の判断で分類してみると、圧倒的に多いのは「病気・怪我・障害によって働けないため」で６２世帯でした。「家族が病気で働けない」なども含むと８０世帯でした。「失業のため、事業の倒産などのため」は２８世帯でした。単身世帯が圧倒的に多いので、失業や病気などで働けなくなると、第２の稼得者がいないので、生活はあっという間に破たんしてしまうことを表していると思いました。また、仕事を一生懸命探しても、年齢制限のため面接を受けることもできないという方も何人かいました。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　家族がいても、複雑な事情を抱えている方が多くいます。自由回答の内容をみると、「脳梗塞になり仕事ができなくなり、また妻も被爆者で色んな病気があり働けないため」「主人が障害者で、そのうえ癌が発生。私は</span><span lang="EN-US"><font face="Century">C</font></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">型肝炎で働けないため」「うつ病になり会社を退職。家から援助ができなくなったため」など、２人とも病気で働けない、仕事が原因で発病し、家族からの援助も受けられないというものでした。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　そして、次に多いのが「年金をかけることができなかった、または年金が少ないため生活できない」という世帯が２５世帯で、「高齢のため働けない」という世帯が１６世帯も合わせると４１世帯でした。どの年代の方が「高齢のため働けない」と答えているかは不明ですが、年金を支給される年齢だとすると、日本の年金制度がすべての高齢者の生活を保障しているとはいえない現状が浮かんできます。自由回答の内容をみると、「老齢と歩行困難で働くことができず。年金が全部病院代になり、自分の生活ができないため」「７０歳以上の仕事がない」「体が弱くなり仕事ができなくなった。夫婦２人の年金８７，２５８円では生活ができないからお願いしました」など、高齢で働けなくなると、生活できる年金額でなければ途端に生活ができなくなるというものでした。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　そのほか、世帯数は少ないですが、「子どもが小さいか病気で就職活動が困難または低収入のため」という世帯が４世帯ありました。自由回答の内容をみると、「母子家庭になり、子どもが小さいため収入が少なく、病気や怪我などした時頼れる人がおらず、フルに働けず生活面で苦労していたため」「「子どもの病気などで仕事がスムーズにできず困難なため」などというものでした。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　前述したように、年齢と生活保護を利用するにいたった理由の相関関係が分からないので断言はできないのですが、生活保護の利用理由をみて、日本の社会保障制度は、働き手のいる世帯を構成し、また年功序列型の勤務形態を前提に設計されているので、病気を抱えた単身世帯、ひとり親世帯、年金保険を掛けることができる状況にない世帯の場合、頼れるものが何もないということを表しているのではないかと思いました。頼れるものが何もないので、即生活保護を利用せざるを得なくなる現状にあります。</span></span></p><p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;</p><p><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　今、３人に１人、２０代では約半数が非正規雇用となっており、昨年末からの派遣労働者の解雇、そして再就職もままならず、失業保険も受けられず、生活保護を利用せざるを得ない現状をみて、働いてもまともに食べていけない、貯金もできない労働市場の崩壊が進んでいること、そして単身世帯の生活のもろさを痛感しました。それと今回の自由回答は非常に重なるものが多く、私も含め、今の単身の若年層が病気になったり高齢になったりしたら、このアンケートの自由回答と同じことが起こるのではないかと思いました。</span></span></p><p style="text-align: right"><span style="font-size: 130%"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">金沢星陵大学非常勤講師　冨家　貴子</span></span></p>]]>
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